AIにブログを任せる時代になっても、私が書き続ける理由|人を惹きつける文章とは

この記事の概要
AIが高品質な文章を生み出す時代。
個人ブログの意味と、「人が書くこと」に残る価値について、自分自身の経験をもとに考えてみました。
少しだけ結論…AI時代だからこそ書かないともったいないのです!
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もくじ
AI時代に個人ブログは必要なくなるのか
最近のAIの普及は、すごいですね。私も気付けば、よく使うようになっていました。
ChatGPT、Gemini、Claude、Microsoft Copilot、みなさんも聞いたことがあると思います。
いろいろなAIが、いろいろな場面で使われるようになり、子どもも大人も毎日触れられるようになりました。
とっても便利。
検索すれば要約文がでてきて、数語入力すれば思い通りの画像が作れる。
魔法みたいにあっという間にできちゃいます。
それはブログを書く時も同じで、いくつかの指示を入力すれば、5000文字でも1万文字でも記事ができてしまいます。
そう、本当に便利。
今までは、何度も悩んで選んで書き直していた言い回しも、あっという間に完成するのですから。
そう、でも便利だと感じる一方で、ふっと不安にもなることがあります。
「いつか人間がブログを書く必要がなくなるんじゃないか?」って…。それなのに。
そう思う一方で、私の中の『ブログを書きたい』という気持ちは、むしろ増えているようにも感じます。
みなさんはどうですか?
AIがここまで書けるようになった今、『人間が書く意味って?』と思う瞬間がみなさんにもあると思います。そもそもブログってなんなんでしょうね。
ブログってなんだ?
最近は「ブログはもう難しい」とか「個人で続けるのは大変」という話をよく耳にします。
実際、ブログから撤退した仲間は少なくありません。
時間をかけて書いた記事が読まれなかったら、やっぱり悲しいですよね。撤退していった人の気持ちもわかります。
せっかく書いたんだから「少しでも反応が欲しい」「わずかでも収益につなげたい」って、ごく自然な考えだと思います。私もそう思います。
でも、そんな気持ちでブログを書いていると、ふと手が止まって考えてしまうんです。
閲覧数でも、収益でもなく、もっと根っこの話。
「ブログってなんだ?」
っていう…。気が付くとこの問いがぐるぐると回り続けています。
ブログってただの情報の羅列だったんでしょうか。
ブログはただの情報か?
もしブログが「正しい情報」を並べるだけの場所なら、もう人が書く必要は無いのかもしれません。
今はAIが一瞬で作ってくれる時代ですからね。
- スペック記事
- 比較表
- おすすめランキング
そういう分野の記事は、これからAIが書いた記事が増えていく気もします。
なんだか…書きながら不安になってきました。
でもブログって、単なる正しい情報を並べるだけの場所だったんでしょうか。
この先、必要なくなるんでしょうか。
私は…違うと思うんです。うん。違うな。
たぶんこれからのブログは、「正しい情報を残す場所」じゃなくなるんだと思います。
ブログの役割の変化
例えばの話…
同じスマホを使っていても、「軽くて最高!」と思う人もいれば、「なんか手に馴染まないな」と感じる人もいる。
スペック表ではわからない事ですよね。使ってみてはじめて気が付く感覚です。
ポケットに入れたときに感じる重さ。
日の光で見たときの画面の色や反射具合。
片手で操作した時のちょっとしたストレス。
そういう感覚って、使った人にしか書けないじゃないですか。あと、使っている人が男性か女性によって、重さとかグリップの太さの『感じ方』が違ったり…そう…
AIは体験を要約できても、体験そのものはできないですよね。体験したことからくる『不満』とか『違和感』を書くことは苦手なはずです。
だから、これからのブログって、
今までの「正しい情報を残す場所」から「感覚を記録する場所」に変わっていくんじゃないかなと思うんです。
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変わらないブログらしさ
昔大好きだったブログを最近読み返す機会があったんです。すごい偶然なんですけどね。
内容はモチロンだけど、読みながらその時の空気を強烈に思い出しました。
「ああ、この時期楽しそうだったよね。」とか「迷っていたよね。」みたいな。
文章の温度みたいなものです。
完璧じゃない文章も多かった。だけど、その人がその時に感じていたこと、流した涙の温度みたいなのを感じとれる文章でした。
そう…。そういうところに私は惹きつけられていたんですよね。
そうなのよ。
ブログって、本来そういうものなんじゃないかな。
AIが文章を書く時代になって、整った記事が量産されるようになった。読みやすくて、速くて、正確。頼りになる記事も増えた。
けど、不思議なことに…自分が惹きつけられる文章が減ったように感じるんです。
誰の顔も浮かばない文章。
便利でありがたいのに、つまらないんだよね。
顔の見える文章
これからブログを書くなら、「誰が書いたか」が伝わる文章がいいと思います。
うまく説明できなくてもいいし、少し遠回りしてもいい。結論がなくてもいいし、なんなら矛盾していてもいいと思います。
「これ楽しかった」
「ちょっと失敗した」
「なんかコレ好き」
そんな感情が残っている文章のほうが、読む人の記憶に残り、人を惹きつける力を感じます。
実は、こういう文章っていわゆる日記ブロガーが得意な分野でもあります。
そう考えると、日記ブロガーに今…大きなチャンスが来ているのかもしれません(笑)
AIは答えとか結果を出すのは得意です。でも人間は、プロセスとかその経過の中で感じた矛盾が書ける。
迷っている。試している。まだ正解がわからない。そんな未完な状態を言葉にできます。
悩んでる時ってそういう未完な状態ですよね。
ブログって、本来そういう場所だと思うんです。
私が書き続ける理由
そう…だから…もし、ほとんどの記事をAIが書く時代になったとしても
私はブログを書き続けていると思います。
できるかぎり書き続けたいなとも思います。
だって、
ブログは、
「その気持ちわかる!」とか「私も同じ悩みだ!」っていう
読者と同じ目線で、同じ高さで立ち止まって考える場所であってほしいから。
偉い先生の言葉が必要な時もあると思うし、正確な情報が欲しい時もあると思います。でも、そういう時はブログとは違うインターネットツール(AIとか)で解決すればいいんです。
…ブログはこれからそうじゃない。
気持ちでつながれるメディアになれると思うんです。
だから、
私はこれからも書き続けます。
未完でいいんです。矛盾していいんです。オチがなくても大丈夫。
だってブログは正解を出す場所じゃないから(笑)
人間らしい…不完全で矛盾している気持ちを、画面越しに共有できる場所。
そう考えれば…
AI時代でも、ブログを書き続けることって、そんなに難しくないかもしれません。
今できること
どんなことでもOKです。
一言でもいいのでブログを書いてみる。
今日食べておいしいと感じだもの。
逆に、ビックリするくらいまずかったもの。
いつの間にか、触っていたもの。いつの間にか目線がいったもの。
クスっと笑ってしまった、こどもの言い間違いなど。
なにか1つを自分の言葉にしてみてください。
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