PTAってそもそも?何?

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ジオ

投稿者 Zio ジオ 

先生と保護者が協力する団体がPTAなんだって。これとは別に保護者だけで組織したものに『保護者会』があるよ。

PTAの原点

PTAのはじまりは、昭和20年に発表された『新日本建設の教育方針〈外部:文部科学省〉』っていう第二次世界大戦の終結にともなった大詔(たいしょう:天皇が国民につげる言葉)からなんだ。その後、『米国教育使節団報告書〈外部:文部科学省〉』っていう報告書で日本の教育方針みたいなものが決まって、それをうけて文科省内に「父母と先生の会委員会」が設置され(昭和21年10月)、PTAの普及活動が進んだよ。PTAを普及させた当初の目的は、『社会全体で教育環境を整えよう。』『教育計画に父母の意見を反映させよう』『成人教育としての討論の場』ってところだよ。

昭和22年3月5日に父母と先生の会委員会から「PTA結成の手引き」が公表され、約1年後の昭和23年4月に、全体の7割の学校にPTAが設置されたんだ。

でも、「県から指示があったから設置した」みたいな受動的なPTAが多く、以前からあった学校後援会や母の会が名称だけPTAに変えたところも多かったんだって。

県からいわれてって…ずいぶん行政の影響が大きかったんだね

じゃ~今のPTAはどうだろう?

今のPTA

社会教育法

(社会教育関係団体の定義)
第十条 この法律で「社会教育関係団体」とは、法人であると否とを問わず、公の支配に属しない団体で社会教育に関する事業を行うことを主たる目的とするものをいう。

今のPTAは、社会教育関係団体に分類されて『公の支配に属しない団体』と定義されているから、原点のPTAとは性質がずいぶん変わったよね。

ただね。

定義上はものすごく変わったけども、現在も『原点のPTAの性質』が残っているPTAも多いんだ。

例えば、よく問題視される学校の『第2の財布』問題。そもそも原点のPTAが後援会的性質が強くて金銭的な支援が主な活動だったところも多い。ちなみに昭和初期の木造校舎は地域の寄付でたてられたところが多いんだって。

学校建設のために土地を寄付したんだ。昔は…

なんていう地主さんもジオの周りにはいたよ。

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